理想と現実 ツマトリソウ

(2022/6/18 田代平)
(2022/6/18 北八甲田連峰)
(2020/6/20 森吉山)


褄取草(つまとりそう)

ヤブコウジ科ツマトリソウ属/多年草


名前の由来を調べてみると「花弁や葉の端が花弁は淡い紅色に、葉であれば赤く縁取りされるように色が入ることがあり、それが鎧の威色目(おどしいろめ)の一つである”褄取威(つまとりおどし)”に似ているため。」と言う内容の解説を読むのだけど、さっぱりなんのことだかわからないので調べてみた。


まず"威(おどし)”とは、日本の武者冑の、袖肩につける"大袖(おおそで)"、前垂れの"草摺(くさずり)"、腿の横につける"脇盾(わきたて)"等を作る際に、"小札(こざね)"と呼ばれる小さな鉄製のコマを糸や革紐で何個も繋ぎ合わる技法のこと。

威(おど)す際に糸を用いたもの"糸威(いとおどし)"、革紐を用いたものを"革威(かわおどし)"と呼ぶ。

この威(おどし)には様々な色の小札を組み合わせて作られる色柄パターン(=色目)毎に「○○威」「△△威」等の名前がついていて、その一つが「褄取威(つまとりおどし)」。


代表的な褄取威の鎧として、八戸の櫛引八幡宮に国宝・白糸威褄取鎧が現存している(↓)。

国宝「白糸威棲取鎧 兜、大袖」 - はちのへヒストリア

妻取威(つまどりおどし)は、鎧の袖や草摺(くさずり)の一部を別の色糸で三角形に威したもので、鎌倉時代の後期から室町時代の前期に流行した様式である。重ね着をした装束の裾先(=妻の部分)が翻った際の美しさをイメージさせる名称となっている。 威は、地を白糸とし、袖は前方を裾すぼみに、胴の前と左の草摺は向かって左側を、後ろと右の草摺は向かって右側を裾広がりに色糸を用いた「白糸妻取威」である。 兜のしころの後中央だけは二等辺三角形に色糸を配した沢瀉威(おもだかおどし)としている。袖や前後の草摺の妻取は、紅、萌黄(もえぎ)、黄、薄紫、紫の5色である。 兜の鉢は、38枚張り、表面を32間(けん)とした星鉢(ほしばち)である。鉢の金物や銅の胸板などの覆輪は鍍銀(とぎん)、兜の眉庇(まびさし)をはじめとした桐文の金物は鍍金(ときん)である。 この鎧は、正平22年(1367)4月に後村上天皇より南部信光(のぶみつ)が拝領し、信光の跡を継いだ光経(みつつね)が応永18年(1411)に櫛引八幡宮に奉納した甲冑に該当すると考えられており(『八戸家伝記(はちのへかでんき)』)、現存する妻取威の鎧の中で胴・兜・袖が完存する唯一の作品である。

はちのへヒストリア - 八戸地域の歴史文化情報サイト

”褄(つま)”とはモノの端っこのことで”端”に同じ。褄=端を取ってめくったところに斜めに色・模様が差し込む模様なので”褄取り”と呼ぶ。
鎧の威(おどし)の話まで出さなくても…とも思ったが…

ただ、近所の山々で見つけるツマトリソウの花はどれも純白の花弁が多いので、花色はあまり褄取ってはいない。葉の縁が多少赤みが差し込んでいるものならあるようだ。


まあ、色々そういうわけで『褄取草(つまとりそう)』。


花期は6〜7月。高原から亜高山帯にかけて、草地や林縁(やや日当たりの良い場所の木陰)等に生えている。
分布地域は日本では北海道・本州・四国、世界では北米・ユーラシア大陸の温帯~寒帯と広い。
花弁は7枚(6又は8枚ものもある)で、花弁一枚につき雄蕊が一本生えている。


花言葉:純真

0コメント

  • 1000 / 1000